私には、ひとつの使命があります。
「インターネットサービスで、世の中に自由や選択肢をもたらすこと」
少し大げさに聞こえるかもしれません。
でも私は、長くWebやインターネットサービスのデザインに関わる中で、ずっとこのことを考えてきました。
インターネットが増やしたのは、「選べる」という自由
インターネットが今ほど普及していなかった時代、私たちが情報を得る手段は、今よりずっと限られていました。
テレビ、新聞、雑誌、広告。
そこで与えられた情報の中から、物事を判断するしかありませんでした。
もちろん、そこにも価値ある情報はたくさんあります。
ただ、インターネットやSNSが普及したことで、私たちは一つの情報だけではなく、さまざまな立場からの情報に触れられるようになりました。
- 調べることができる。
- 比較することができる。
- 他の人の意見を知ることができる。
- 自分でも意見を発信できる。
そして、それらを自分なりに咀嚼し、考え、議論したうえで、自分で選ぶことができます。
私は、ここにインターネットの大きな価値があると思っています。
私が考える「自由」
私が考える本当の自由とは、
いつでも、どこでも、誰でも、できるだけ平等に情報へアクセスし、選択し、咀嚼し、議論し、自分で決められることです。
誰かから「これが正しい」と一方的に与えられるのではなく、自分で情報を集め、自分の頭で考え、自分に合ったものを選ぶ。
選択肢があること。
選べること。
私は、それも自由のひとつだと考えています。
だから私は、より便利で、快適で、人々の生活を豊かにするインターネットサービスに関わり続けたいと思っています。
もちろん、インターネットは理想郷ではない
一方で、インターネットには問題もあります。
誤った情報もあります。
意図的につくられたデマもあります。
子どもには見せたくないようなコンテンツもありますし、犯罪に利用されることもあります。
インターネットによって情報が自由になったからこそ、新しい問題も生まれました。
それを考えると、インターネットサービスをつくる側にも責任があります。
私自身も含め、健全なインターネットをつくる側の力が、まだ十分ではないのかもしれません。
だからこそ、技術や仕組み、ルールを改善し続ける必要があります。
「自由だから何をしてもいい」のではなく、より多くの人が安心して情報を得て、自分で判断できる環境をつくっていく。
それも、インターネットに関わる人間の仕事だと思っています。
では、私には何ができるのか
私にできることは、デザインです。
特に私は、WebサービスのUI設計を長く仕事にしてきました。
どれだけ価値のあるサービスでも、その価値が伝わらなければ使ってもらえません。
どれだけ多くの情報があっても、どこに何があるのかわからなければ、情報にたどり着けません。
どれだけ優れた企画でも、ユーザーが操作できなければ、その価値は存在しないのと同じです。
だから私は、デザインとは単に「きれいにする仕事」ではないと思っています。
- 価値あるものを、より伝わるものにする。
- 必要な情報へ、迷わずたどり着けるようにする。
- 使いたい人が、きちんと使える状態にする。
それが、私にとってのデザインです。
デザインは「伝えるための技術」
私は以前の記事でも、デザインとアートは別のものだと書きました。
アートが自分の内面や思想を表現するものであるなら、デザインは基本的に相手のために存在します。
Webデザインであれば、その向こうには必ずユーザーがいます。
だから「自分がかっこいいと思うから」だけでは、デザインの理由にはなりません。
流行しているWebサイトを真似したり、見た目だけを整えたりすることもできます。
でも、その背景にある情報設計や視線誘導、タイポグラフィ、アクセシビリティ、インタラクションなどを理解せず、表面だけを真似しても長くは続きません。
それはデザインというより、表面にメッキを施している状態に近い。
デザインとは、コンテンツそのものを変えることではありません。
コンテンツに含まれている価値を、より正しく、よりわかりやすく伝えるための技術です。
私は、デザインには「正解と不正解」があると思っている
この話をすると、「デザインに正解なんてない」と言われることがあります。
私は少し違う考えを持っています。
もちろん、造形や表現には無数の選択肢があります。
赤でも青でもいい場合もあります。
角丸でも四角でも成立する場合もあります。
しかし、目的が決まれば話は変わります。
高齢者に読んでもらう文章なのに、文字が小さくて読めない。
重要な申し込みボタンが見つからない。
情報が整理されておらず、ユーザーが目的のページにたどり着けない。
これを「好みの違い」で済ませることはできません。
つまり、デザインそのものに唯一の正解があるのではなく、
「誰のために、何を達成するのか」という目的に対して、適切なデザインと不適切なデザインがある。
私はそう考えています。
だから私は「虹色のタコになれ!」で、ずっと目的と根拠について書いてきました。
良い企画を、デザインで失敗させたくない
- とても良いサービスなのに、使い方がわからない。
- 素晴らしい情報なのに、読んでもらえない。
- 便利な機能なのに、存在に気づいてもらえない。
これは、本当にもったいないことです。
企画そのものが悪いのではありません。
サービスそのものが悪いのでもありません。
伝え方や設計に問題があるのかもしれません。
デザインの本質的な役割のひとつは、こうした問題を解決し、ビジネスやプロジェクトの成功に貢献することだと私は考えています。
デザイナーの作品をつくるためではありません。
ユーザーとサービスをつなぐためです。
デザインで「選べる自由」を支えたい
私がつくりたいのは、単にかっこいいWebサイトではありません。
より便利で、快適で、価値のあるインターネットサービスです。
そして、
- いつでも
- どこでも
- 誰でも
必要な情報を得ることができる。
比較することができる。
考えることができる。
そして、自分で選ぶことができる。
そんな世界を、インターネットとデザインの力で少しでも広げたいと思っています。
私ができることは、そのためのインターフェースをつくることです。
- 情報を整理する
- わかりやすくする
- 迷わなくする
- 使えるようにする
- 必要な人に、必要な情報が届くようにする
それが私の仕事です。
そして、それが私の使命だと思っています。
「虹色のタコになれ!」も、そのためにある
だから私は、デザイナー自身の色を押しつけるのではなく、相手や目的によって柔軟に姿を変えるデザイナーでありたいと思っています。
- 金融なら金融
- 医療なら医療
- 行政なら行政
- ECならEC
- 若者向けなら若者向け
- 高齢者向けなら高齢者向け
自分の好きな色に染めるのではなく、相手を理解し、目的を理解し、その場所に必要な色になる。
だから、「虹色のタコ」です。
デザインは主役ではありません。
主役は、その先にいる人です。
その人が情報を知り、理解し、考え、そして自分で選べるようにする。
デザインで、「選べる自由」をつくる。
私はこれからも、そのためにデザインをしていきたいと思っています。


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