「虹色のタコになれ!」には、虹色のタコさんがいます。
そして最近、新しいキャラクターとして、イカちゃんが登場しました。
最初は、このイカちゃんを「芯のイカ」と呼んでいました。
でも、考えているうちに、少し引っかかるようになりました。
「芯のイカ」と言ってしまうと、
虹色のタコには、芯がないのか?
そんなふうにも見えてしまうからです。
でも、虹色のタコさんには、ちゃんと芯があります。
むしろ、かなりあります。
そこで今回、2人の役割をあらためて考えてみました。
たどり着いたのが、
「虹色のタコさん」と「白黒のイカちゃん」
です。
虹色のタコさんは、なぜ虹色なのか
虹色のタコさんは、タコのように変幻自在です。
業界が変われば、考え方も変える。
ユーザーが変われば、見せ方も変える。
目的が変われば、必要なデザインも変える。
でも、それは「何でもいい」ということではありません。
8本の足には、
- 色彩
- 構成
- 視覚生理
- タイポグラフィ
- 情報設計
- インタラクション
- アクセシビリティ
- ガイドライン/改善
という知識があります。
そして頭では、
「誰のためにつくるのか」
「何のためにつくるのか」
を考えています。
知識と目的という芯があるからこそ、状況に合わせて色を変え、形を変えることができるのです。
ニュートラルであることと、芯がないことは違う
私は、デザイナーはできるだけニュートラルでありたいと考えています。
「私は、この色が好きだから」
「私は、このデザインが好きだから」
ではなく、
目的と根拠から考える。
自分の好みをいったん脇に置いて、そのユーザー、そのサービス、その状況に合った形を探していく。
それが、虹色のタコさんです。
つまり、
虹色のタコさんは、答えを探す。
でも、デザインは考えるだけでは世に出ない
ここで、ひとつ問題があります。
デザインの仕事では、いろいろな人から意見をもらいます。
営業にも意見がある。
経営にも意見がある。
エンジニアにも意見がある。
そして、もちろんユーザーにも意見があります。
どれも大切です。
話を聞くことも、とても大切です。
でも私は、
10人の意見を全部取り入れたデザインは、10人の誰にも強く響かないものになることがある
と考えています。
みんなの意見を少しずつ入れる。
誰からも反対されないように調整する。
角が立たないところまで丸くしていく。
すると、
誰にも嫌われない代わりに、誰にも強く届かない。
そんなデザインになってしまうことがあります。
10人に少し届くより、1人に思いっきり届く
もちろん、10人のうち9人の意見を無視しろ、という話ではありません。
大切なのは、
誰に、何を届けるのかを決めること。
だと思っています。
10人に少しずつ届くものよりも、本当に届けたい1人に、思いっきり届くものをつくる。
私は、そのくらいの意思がデザインには必要だと思っています。
意見は聞く。でも、最後は決める
デザインに対して、いろいろな人が意見を言うこと自体は悪いことではありません。
むしろ、違う立場からの意見によって、自分だけでは気づかなかった問題が見つかることもあります。
ただし、
意見を聞くことと、意思決定をみんなに委ねることは違います。
- 「私は赤が好き」
- 「私は青が好き」
- 「じゃあ、その中間くらいにしましょう」
これを繰り返していたら、いつの間にか、
何のために、このデザインをつくっているのか
が分からなくなってしまいます。
みんなに意見を聞くことはできる。
でも、最後には、
- 何を残すのか。
- 何を捨てるのか。
- 何を一番大切にするのか。
誰かが決めなければなりません。
Appleにも、「決めるための構造」があった
この話を考えていると、Appleのスティーブ・ジョブズとジョナサン・アイブの関係を思い出します。
ウォルター・アイザックソンによるジョブズの評伝では、ジョブズはアイブを自分の直属とし、Appleの中で非常に大きな権限を持たせていたことが語られています。
ジョブズは、アイブについて、自分以外の誰かが簡単に指図したり、仕事に介入したりできないようにした、という趣旨の発言をしています。Book Reporter
ここが面白いところです。
他人の意見を聞かなかったわけではない
ジョブズとアイブは、2人だけですべてを独断で決めていたわけでもありません。
ジョブズ自身、アイブと製品について考えたあと、ほかの人を呼んで「どう思う?」と意見を求めていたと語っています。The New Yorker
つまり、
意見は聞く。
でも、デザインの意思決定権は曖昧にしない。
私は、ここがとても重要だと思っています。
いろいろな役員や部署が、それぞれの好みで少しずつデザインを動かしていくのではなく、デザインに責任を持つ人が最後まで方向性を守る。
Appleの製品に一貫したデザイン思想が感じられた背景には、こうした**「誰が決めるのか」を明確にした構造**もあったのではないかと、私は考えています。
そこで、「白黒のイカちゃん」
ここで登場するのが、
白黒のイカちゃん。
白い身体。
黒い墨。
虹色のタコさんとは、まったく違う色です。
でも、この2人は対立しているわけではありません。
むしろ、2人でひとつです。
虹色のタコさんは、可能性を広げる
虹色のタコさんは、できるだけニュートラルに考えます。
- 人の話を聞く。
- ユーザーを見る。
- データを見る。
- ビジネスを見る。
- 技術を見る。
8本の足にある知識を使って、
「どうすれば、もっと良くなるだろう?」
と可能性を広げていきます。
白黒のイカちゃんは、最後に決める
そして、そのすべてを受け取るのが白黒のイカちゃんです。
白黒のイカちゃんは、何でも単純に二択で考えるキャラクターではありません。
話を聞く。
考える。
根拠を確認する。
そのうえで、
「今回は、これでいこう。」
と決める。
白か黒か。
残すのか、捨てるのか。
どちらを優先するのか。
最後まで曖昧なままにしない。
それが、白黒のイカちゃんです。
つまり、
白黒のイカちゃんは、答えを決める。
決めて世に出すから、良かったことも悪かったことも分かる
私は、WebやUIのデザインに「完成」はないと思っています。
考え続けて完璧になるまで待つのではなく、あるところまで考えたら、方向性を決めて世に出す。
実際にユーザーに使ってもらう。
そこで初めて、
- 「ここは伝わった」
- 「ここでは迷っている」
- 「この仮説は間違っていた」
ということが分かります。
だから、
- 決める
- 出す
- 見る
- 改善す。
この繰り返しが大切です。
逆に、いろいろな意見を混ぜ続けて特徴のないものを出してしまうと、結果が良くなかったときに、
何が良くて、何が悪かったのかさえ分かりにくい。
だからこそ、一度決める。
私は、それもデザインだと考えています。
意見は、たくさんあっていい。でも、世に出すデザインはひとつだ
考えるときは、できるだけ柔軟に。
いろいろな人の話を聞く。
自分の好みから離れる。
たくさんの可能性を探す。
でも、最後には決める。
最終的には、白か黒かを決め切るのもデザインです。
もちろん、その判断が間違っていることもあります。
間違っていたら、また考えればいい。
また改善すればいい。
だからこそ、一度決めて、世に出す。
2人がそろって、私の考えるデザインになる
虹色のタコさんだけでもない。
白黒のイカちゃんだけでもない。
タコさんが広げる。
イカちゃんが絞る。
タコさんが考える。
イカちゃんが決める。
タコさんが変わる。
イカちゃんが決め切る。
そして世に出したあと、またタコさんが観察し、考え、改善する。
その繰り返しです。
意見は、たくさんあっていい。
でも、世に出すデザインはひとつだ。
虹色のタコさんが、可能性を広げる。
白黒のイカちゃんが、その中からひとつを決める。
「変わる力」と、「決める力」。
この2人がそろって、
私の考える「デザイン」になります。


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